連載:ECのマーケティング

第3回
サイバースペースのメリット

カードウェーブ:97.12(A1−03)


 百貨店やスーパーの不振が続いている。その理由は消費税率アップや天候のせいにされるが、もっと本質的な理由があるととらえるべきだろう。
こうしたリアルの場の小売業に比べ、ウェブに代表されるサイバースペースには全く異質なメリットがある。筆者はウェブ小売業の市場規模については2千年時点でよくて1500億〜1800億円程度との予測を持っている。これは同時点の通販市場規模の7〜8%、小売業全体の0.1%程度のシェアでしかない。量的には大したインパクトはないものと見ているが、質的な影響力は大きいだろう。 それは特に今のリアルの場の小売業の戦略の無駄、効率の悪さ、時代性の無さをクローズアップさせるようなインパクトを持つはずだ。
今回はリアル小売業と対比させながら、サイバースペースのメリットを浮き彫りにしてみよう。



●サイバースペースの本質

 サイバースペースとは何か。その本質について次のようにまとめておく。これらの点が影響しあい、サイバースペースにおけるマーケティング的なメリットを形作っていることをまず整理しておこう。

1)インターラクティブであること:双方向性の展開が容易。かつ相対的に低コストで可能。
2)圧倒的低コストなバイネームアプローチが可能:リアルの場に比べ個人名でのアプローチが圧倒的に低コストで展開可能。これが結果的に今はやりのone to oneの背景となる
3)選択型またはアクセス型であること:選択権が利用者側に存在するメディアである。如何にプッシュ技術が発達しようと、ウェブビジネスの本質は選択権が顧客サイドに存在することにある。
4)フリーかつオープン:誰でも自由に参入できる。参入障壁が低い。金はないが知恵とセンスのある者にとってはまたとないビジネスのフィールドである(余談であるが、日本のEC業界では行政を含め金はあるが知恵とセンスのない人たちが大騒ぎをしている)
5)協働関係の構築が可能:売り手と買い手の協働関係(文字通り協力して働く関係)が構築されやすい。

サイバースペースでは以上のような要素が大きく影響していることをまず頭の隅に入れておいて頂きたい。


●サイバースペースのすごさとは何か

 以上の要素も踏まえ、サイバースペースのメリットについて考えてみよう。

1)購買情報と購買行動が密着する

 ことウェブに関しては、このことが最大のメリットでもある。購買行動にはプロセスというものがある。情報選択→商品選択→購買決定→決済(指示)といった流れがそれである。この購買情報とそれ以下のプロセスが極めて効率的に密着するのがウェブに代表されるサイバースペースのメリットなのだ。
筆者はその昔カード戦略というものを専門にしていたのだが、この成功例とはカードにより顧客情報を集め、適切なターゲットにDMを出し、その結果来店率を高めることを競ったものである。だがひとたびサイバースペースに馴染んでしまうと、折角のこのサクセスストーリーが実に色あせて見える。

 1通数十円ものコストをかけてDMを出しても、開封率は3割を切っている。来店率は店舗吸引力があることを前提にしても数%に到達すれば御の字だ。これが果たして顧客情報活用の効果的形なのか?
ウェブのすごさは、情報が極めて高い確率で<来店>に結びつくことにある。これは電子メールのアクティブURL(電子メール上にウェブ上の住所が記入されていればそこをクリックすれば店頭に赴ける)という機能でも実現できるし、様々な検索エンジン、あるいは今後出現するであろう商品検索エンジンの機能でも実現できる。
 購買に関連する情報がかくも高い確率で「来店」に結びつくようなメディアはこれまで存在しなかった。適切なアプローチさえ行えば高い確率で次の瞬間には自店の店頭に立たせることが可能なメディア。これがサイバースペースの何よりのメリットなのだ。

 リアルの小売業の行うチラシ、DM、広告といった手段の間抜けさ、効率の悪さがかくして浮き彫りにされる時、リアルの小売業の本質とは何か(それは店と商品以外の何物でもない)を考え直すきっかけにはなるだろう。


2)顧客の手に売り場の編集権が移る

 小売業では売場をどう設計し編集するかがアイデンティティそのものである。サイバースペースではこれが顧客の手にゆだねられる事態が発生する。
 日本ではまだ成立していないがアメリカではオンライングローサリースーパーが勢力を伸している。その代表例がピーポッドである。
一言でいえば生鮮食品を含むオンラインスーパーで業績を伸している会社だ。96年度の売上は3千万ドル弱だが、この6月に米国店頭市場(ナスダック)に株式を公開した。

 別の角度からみればピーポッドは<買い物代行業>でもある。売場はリアルのスーパーと提携し(日本でいえばダイエーのような小売業)、使いやすいソフトと配送システムを提供する。インターネットでも利用できるが専用通信ソフトを前提とするパソコン通信サービスが基盤である。
 ここでは利用者は実際のスーパーの売場を自分のコンピュータに再現することが可能だ。 実際のスーパーのアイテム数(2万〜3万アイテム)の品揃えから商品選択が可能となる。

 こうした膨大なアイテム数からどう商品を選ばせるかがここのノウハウでもある。それはそれですごいのだが、ピーポッドでは顧客側が売場を自分で作ることができる。例えば実際のスーパーでは飲料売場にはコーヒーもあれば紅茶もココアもカルピスも置いてある。これがいわゆる品揃えでリアル店舗の本質だ。
 もし紅茶しか飲まない人がいるとするならサイバースペースではコーヒーの品揃えは逆にノイズになってしまう。そこで顧客は自分好みの飲料に絞って売場を編成することができるのだ。(図)
実際のスーパーの品揃えの中から、自分の好みに応じ、<三石オーガニックスーパー><三石アトピー対策スーパー>といった売場作りが可能となるわけだ。

 これが何を意味するか。小売業関係者ならこのインパクトが理解できるだろう。小売業のアイデンティティであるところの品揃え権、売場の編集権が利用者の手に渡ってしまうことを意味するのだ。小売業とは何かを問われるできごとでもある。
 サイバースペースでは売り手の独り善がりの売場は通用せず、結局は豊富な選択肢の中から「マイショップ」「マイスーパー」「マイモール」の設計機能を与えた売り手が覇者と成りえること示してもいる(千点に満たない貧弱な品揃えでサイバー百貨店を志向したりすること自体無駄な努力だということがわかるだろう)。
サイバースペースの本質である顧客サイドの選択権は、小売業の本質に影響を及ぼしかねないインパクトを持っているのだ。このこともリアルの小売業のCS(顧客満足)の低さを浮き彫りにする動きでもある。


3)一見矛盾する多様な価値が提供できる

 リアルの小売業であれば、利便性の軸とハイタッチな人間系サービスの軸は相反するものとしてとらえられる。何故ならばそれを両立させることはコスト面、人的資源の面で不可能であるからだ。コンビニエンスストアで限りなくハイタッチなサービスを望む消費者は少ないし、高級専門店で利便性ばかりを望む消費者もまた少ない。

 だがサイバースペースはこの矛盾する価値の両立が可能である。
図表はサイバースペースでの小売業の性格をマッピングしたものである。ここでは2つの軸と4つの価値を示している。1つの軸はウェブ小売業の差別化のポイントをデータベース性に置くか、hard to findの要素に置くかといった軸。今のところウェブリテイリングの売れる方程式は膨大な商品データベースと親切な検索で勝負する形の専門店である。
 一方で非日常商圏型の品揃えで勝負する専門店群も存在する。これは売り上げ規模は小粒だが、これはこれで存在価値のある形だ。
もう1つの軸は購買の利便性に関するものとハイタッチさ(パーソナルタッチの実現)に関するものである。多くのアメリカの百貨店は品揃えで勝負することをあきらめ、パーソナルタッチなご用聞きを展開している。一方で購買の完結性、時間的利便性で勝負する利便性志向の店も多数存在する。

 だがこれらは決して対立軸ではない。多くの大量在庫型の専門店は利便性とパーソナルタッチを兼ね備えている。筆者お気に入りのCDナウは購買の完結性、スピーディな配送を兼ね備えた上で、親切なパーソナルサービスで差別化している店でもある。
こうしたリアルの店舗では両立できない価値を何の矛盾もなく提供できることがサイバー小売業のメリットでもあるのだ。

 ところでこの図はウェブ小売業の方向性を示す図でもある。品揃えのユニークさとパーソナルタッチで勝負するタイプ1の専門店(購買の完結性は必ずしも必要ない)、と広範な品揃えに加え利便性とパーソナルタッチなサービスをポイントとするタイプ2の専門店に分化してくることを示してもいる。今の日本のEC議論は利便性の軸ばかりを追及しているが、それはウェブリテイリングのほんの一部の要素でしかないことを早く理解すべきであろう。


4)パーソナルタッチでの差別化が可能となる

 読者の方はもうお忘れだろうが、一頃CS理論がはやったことがある。文字通り顧客満足のことで、筆者は顧客満足ならぬ顧客不満足度調査を現在も内職として行っている。
 この顧客不満足度調査を行ってみると実に様々なことがわかる。例えばあらゆる業種を比較してみてもっとも人的サービスに対する満足度が高い業種はリゾートホテルであること。地方百貨店に比べ都市百貨店の満足度はかなり低く、せいぜいガソリンスタンドを上回る程度であること、などがわかる。百貨店に関していえば、業界の人は「百貨店は人間系サービスが基盤でサービスのレベルが高い」などと臆面もなく言うが、消費者の評価は全く正反対である。売り場に行くと、「あーら、奥様、これお似合いよ!」などどいってショップに引き込もうとする販売方法の嘘っぽさ、レベルの低さ、うっとうしさが今の消費者と完全にずれているのだ。百貨店が人的サービスのレベルが高いというのは最早幻想に過ぎない。

 こうした人間系サービスのレベルの低さを補う場がサイバースペースでもある。日本の百貨店は何を間違えたのか、スーパーのような利便性をウェブ上で志向しているが、こんなものは何の役にも立たないだろう。ウェブで実現すべきは、リアルの場での不満の象徴である人間系のハイタッチなサービスの実現であり、それは双方向性を活かしたご用聞きや提案営業でもある。ウェブの本質とは実はパーソナルなハイタッチサービスに向いていることを忘れているようだ。
 サイバースペースで高品質なパーソナルタッチサービスが実現されれば、それはリアルの場での嘘っぽい人間系サービスを一層浮き彫りにする。一見合理性、利便性の固まりのようなサイバースペースが実はパーソナルタッチの展開に最適であるということのインパクトを小売業者は理解すべきである。


5)リアルの場での顧客不満が解消される

 アメリカで最も成功したと言われているインターネットビジネスがauto by telである。日本への進出も報道され、アメリカの自動車流通の形を変えたとまで言われる事例である。これはインターネットで最も成功確率の高い「マッチングビジネス」(売ります、買いますの掲示板のようなもの)で、車のディーラーを会員化し、その商品情報をデータベース化しユーザーに提供する仕掛けである。

 このauto by telも先程のピーポッドもそうなのだが、発想の原点は実は顧客不満の解消なのだ。
auto by telの創設者ピーター・エリスは自らも自動車ディーラーであったが、伝統的な工場→ディーラー→消費者という販売方法の消費者不満の多さに目を付けこのビジネスを始めた。「消費者は言葉巧みなセールスマンのいいなりでなく、自分自身で購入プロセスをコントロールしたい」と思っていることに気づいたからこそ、ウェブをフィールドとして利用したのだ。

 ピーポッドにしても「消費者の6割はスーパーマーケットでの日用品の買い物にうんざりしている」という調査結果が創業の動機である。これを解消する最良の手段がネットワークの利用であったのだ。
要するに成功例と称せられるものの背景には、リアルの世界の小売業での厳然たる不満が存在し、インターネットを始めとするネットワークの特質を活かし、その不満を解消するという事実が存在する。これが単に慾ぼけで参入する日本企業との大きな違いでもある。

 ところでauto by tel であるが日本での成功は疑問である。ネットで車を買う利用者層の厚みもあるが、日本の自動車ディーラーが今の販売方法の嘘っぽさを自覚しているとは思えないからだ。わが家に来る某N社の営業マンは不在がちの我家で犬に向かって営業して帰っていく。しかもただ大型車を勧めるばかりである。
 こうした陳腐な営業が通用しなくなったからこそ、ネットワーク販売の成功があったのだが、これが陳腐な営業であることにディーラーの多くは気づいていない。またauto by telではネット上で購買意思を確認した後、個別のディーラーとの営業交渉に入るが、ここから先も実にスマートだ。電話のかけ方、交渉の進め方がスマートショッパー向けに統一されている。折角ネット上で商談が始まっても、実際の営業プロセスが従来のままでは身もふたもない。ここでの意識改革とスマートアプローチができるかが鍵なのだ。

 リアルの場での顧客不満を基に、それをいかに解消するかに焦点を当て、そのための手段としてウェブ等のネットワークを活用すれば、成功確率は高いのだ。
 インターネットビジネスを口にする日本企業の多くはこの構図に気づいていない。だがこの点に気づき始め、ネットワークを既存の販売形態、営業方法の不満解消に役立て始めれば、流通形態は大きく変わる。リアルの小売業とて安穏とはしていられない事態がやってくる。


●既存小売業への影響

 こう見てくると、当面サイバービジネスの市場規模はこと消費者向けには大したものにはならないにせよ、その質的インパクトは限りなく大きいことがおわかり頂けるだろう。
 それはリアルの小売業や販売方法の間抜けさ、非効率さを浮き彫りにする作用を及ぼす。この種の販売方法に例えば百貨店の主力顧客である40代、50代の主婦がすぐになじむとは思えないが、それが非可逆的流れである以上、リアルの小売業は自らのアイデンティテイを再構築することを余儀なくされるだろう。大手小売業者の多くなサイバースペースでの妙な実験やシャビーな店づくりに余念がないが、自らの足下をまずは見つめるべきである。


to section index  to previous  to top  to next