●リテンションマーケティングの狙いは何か
ここでおさらいだが、なぜ「リテンションのマーケティング」が重要なのか、を少 し整理しておこう。次のようにまとめられる。
1)売上げ、あるいは利益の8割は2割の「上顧客」によってもたらされる(2:8の法 則)。従ってこの2割の上顧客を効率的に創出する仕組みが不可欠で、これがFSP(フ リークェントショッパーズプログラム)等に代表されるロイヤルティプログラムであ る。
2)顧客を長く引き止めれば引き止めるほど企業の利益は拡大する。例えば R.Reichheldの調査では、クレジットカード会社の新規会員からもたらされる初年度 利益は、顧客獲得コストなどを差し引くとマイナス80ドル。これが次年度は40ドルに 転じ、5年目には顧客紹介や買い増し需要などが加味され87ドルの利益をもたらして いる。つまり長く引き止めれば引き止めるほど「金のなる木」に育っていくわけだ。
3)顧客の離脱率が5%低下すれば、利益は25〜125%伸びる。一般的なビジネスでは 顧客は毎年平均15〜20%が離脱していくとされるが、ここで5%低減できれば利益が 具体的に上昇する結果が報告されている。
4)一般論として顧客維持コストは新規客獲得コストの5分の1である。
5)平均的ビジネスでは売上げの65%は既存顧客からもたらされる。
●ネットにおける「顧客維持」の重要性
全く同じことがネットビジネスの世界でも起こりつつある。日本では大企業の本格 参入がやっと昨年から起こり始めたような段階で、ステップとしてはまだ「分母」を 増やしているような状況だ。顧客維持に視点が向いている事例は非常に少ない。役割 や目的をよく吟味せず、ただプロモーション手段として「ポイント制」などを導入し ているような初歩的ミスが目立つ。
ここでネットで、今なぜ「顧客維持」が重要になってきたかを整理してみよう。
1)「潜在顧客層」の上限が見えてきた:ネットユーザー数は各所から発表されてい るが、すでに伸びの鈍化傾向は見えている。いずれこの成長率は頭打ちになると見て おくべきだ。一方、ネットユーザーに占める「ショッパー比率」は既に5割を越え、 65%程度になってきている。これはアメリカの水準より高い位で、ネットショッピン グの絶対拒否層(20%強存在する)の比率を差し引けば、既にこれも天井が見え始め た。となれば、ネットビジネスの「潜在顧客数」の上限は見えていると思うべきであ り、これまでのように新規ユーザーの獲得により倍々ゲームで売上げを伸ばすなどと いった事態はもう起こりえないということになりそうだ。自ずと既存顧客の財布のヒ モをいかに緩めるかに視点を変えざるを得ない。
2)ネットでは新規顧客に比べリピーターの方が落とす金が大きい:リピーターの方 が具体的に企業収益に対する貢献度が高いということである。マッキンゼーの2000年 の調査結果では、新規顧客から得られる収益は24.5ドル、一方リピーターからは 52.5ドルという結果が出ており、約2倍の差が見受けられる。
3)顧客維持コストは顧客獲得コストに比べ半分以下である。:ネットリテイラーの パフォーマンスを調査したThe State of Online Retailing4.0の結果については前回 も紹介した。この結果によれば、pure player(ネット専業)の場合で、顧客獲得コ ストは55ドル、一方リテンションコストは24ドルとなっている。クリック&モルタル の店舗小売業ではネット実績は34ドル対16ドル。やはり2倍以上の差が存在する。つ まり新規客獲得に金をかけるより、顧客維持に金をかけた方がはるかに安いというこ とだ。
4)ネットビジネスの成功法則はLTVの最大化である:あまりにネットビジネスが金食 い虫なので、その成功法則は「高利益商品」を扱うか、LTVの最大化を狙える商品を 扱うかである、と言われ始めた。LTVとは生涯価値のことで、その商品サービスに対 し1人の顧客が支払う総需要額をさす。この最大化の手法は、そもそも商品的にLTVの 拡大が望める商品(反復購入が望める、消耗品である等)を扱うということと、1人 の顧客に多様な商品、サービス、チャネルを用意し、その最大化を図るという2つの シナリオが存在する。
5)クリック&モルタルの成功シナリオに合致する:クリック&モルタルの戦略視点 については前回取り上げた。成功法則はオンラインとオンラインの店舗を融合させ、 1人の顧客が利用できるチャネルを多様化させ、多面的な購入を促すというものだ。 合わせてCRMの展開等も必要となるが、「1人の客とできるだけ仲良くしよう。その人 が利用できるチャネルを沢山用意しよう。結果的に財布から沢山の金を出してもらお う」ということである。オンラインチャネルの位置づけがこう変わってくれば、自ず と「顧客維持」を重視せざるを得ないということなのだ。
6)平均ネットビジネスでは売上げの4割がリピーターからもたらされる。これもThe State of Online Retailing4.0の調査結果だ。ネットリテイラー平均では約4割。こ れがトップリテイラーになると55%程度に上昇する。前述のように、リアルのビジネ スでの経験則は65%であるから、ネットビジネスのトップクラス企業ではリアルのビ ジネスの水準に近づきつつあるということになる。過半数を越えるようになれば自ず と顧客維持重視の政策の変わらざるを得ない。
7)ネットでは1度固定化するとそうそう店をチェンジしない:固定化にコツが必要な ことはリアルの商売と変わらないが、いざ固定化するとネットユーザーはかなりロイ ヤルティが高い。そもそも利便性を基本的機能として内在するネットで、購買の諸側 面で高い顧客満足が得られれば店を改めて変える必要性が低下するということだ。結 果的に1度固定した店から「客を引き離す」ために膨大なスイッチングコストをかけ ざるを得ないような事態が発生している。
●顧客維持の手法とは
顧客維持が大事なことはわかった。それではどうすればいいのか、ということにな る。そこでここでは8つのシナリオを紹介しておこう。
1)サイト・スティッキネスの確保
スティッキネスとは「ぺたぺた」「ねばねば」のことである。サイトをハエ取り紙 のようにペタペタにしておけば、顧客は自ずと戻ってくるというわけだ。これは2年 前位の流行理論で、スティッキネスのあるサイトとは3つのC(充実したコマース、豊 富な情報コンテンツ、楽しいコミュニティ)が兼ね備わったサイトとされた。ただこ の3つのCのバランスが実に良かったeToysであるとかGarden.comなどがいずれも撤 退、あるいは身売りを余儀なくされ、一時ほどの神通力はなくなった。それでもこれ がネットビジネスの基本であることは変わりなく、実店舗とは異なるネットならでは の価値を演出する重要な手段であることは間違いない。
2)ファーストインプレッションの向上
文字通り第一印象のことである。ウエブ上での顧客行動の分け方は様々だが、その 1つとして「顧客獲得」(来店)、「第一印象の形成」「品揃え評価と商品選択」 「チェックアウト」に分ける考え方がある。もちろん「顧客獲得」が大前提であるわ けだが、次のステップとして「第一印象の形成」が最重要である、という指摘なの だ。第一印象とは「買いやすそうなサイトか」「サイトはすっきりわかりやすいか」 「一目みて何のサイトかわかるか、ワタシはここでウエルカムか」「商品やサービ ス、情報等のプレゼンテーションはレベルが高いか」ということなのだ。
ここで良い印象を与えないと顧客は2度と戻ってこない。日本ではこの第一印象の 形成が下手なサイトがかなり多い。日本の店の癖に、トップページの表記は全て英語 ばかりの店。トップページプロモーションが乏しくにぎわいが感じられない店。商品 分類のくくりがあまりに大ざっぱ、かつ不明瞭で中を覗いてみる意欲を阻害している 店などが目立つ。
3)ロイヤルティプログラムの展開
リアルの商売でいうところのFSPすなわちポイント制などの展開である。だがこれ もリアルの商売と全く同様で単に割引替わりに導入しても全く成果はあがらない。そ こでの基本要件とは次のようなものだ。
・良く買う客こそ良い客であることを自覚する(逆に言えば、アメリカ流のロイヤル ティマーケティングでは「良くない」客は他店に去ってもらうことをいとわないとい う視点も出てくる)
・この良い客を効率的に創造するプログラムである
・到達目標(ポイント還元)は達成しやすく還元しやすいことが鉄則である
・異業種連携の場合は「納得できる連携」(ターゲットが共通、利用シーンが共通 等)を前提にすることが不可欠である。
この原則からすると、日本のネットビジネスにおけるロイヤルテイプログラムは間 違いだらけである。あるコンビニサイトでは10万円購入しないと初回の還元は行われ ない。だがどうみてもこのサイトは10万円分の商品を買い続けさせるパワーに欠けて いるのだ。また折角リアルの店舗でもポイントを行っているのに、ネットと全く連動 せず別プログラムで行っているような事例もある。逆にネットの買い物で得たポイン トは実店舗でしか使えないといったケースもある。クリック&モルタルの場合である なら、オンラインとオフライン共用のポイントサービスを前提にすべきであろう。ま た第3者の提供するポイントサービスに加入するという選択肢もあるが、ポイントを ゲットできる「企業ネットワーク」が一定のコンセプトでくくることが可能でなけれ ば、アライアンスの効果はあがらないと見るべきだ。
ちなみに、ロイヤルティプログラムの戦略的な優先順位だが、他にすべきことの手 を尽くしてはじめて奏功するものだ。人々がオンラインで買い物をする理由を見ると (Jupiter Media Metrix:2000)、「返品等の柔軟さ」「レベルの高い顧客サービ ス」「商品選択における十分な選択肢の提供」がまずあがる。ロイヤルテイプログラ ムはこれに次ぐものであり、これ自体がスティッキネス確保の最重要手段ということ にはなりえない。この辺の順序が日本では本末転倒だ。「基本のキ」も出来ていない 癖に、ロイヤルティプログラムだけが目立っていたりする。
4)LTVの最大化
ライフタイムバリュー理論の基本とは「1人の客と出来るだけ仲良くしよう。結果 的にそれが財布のヒモをゆるめるのだ」ということである。従ってライフタイムバリ ューをいかに向上させるか、戦術論として見ると、「適切なパーソナルアプローチに よる需要喚起」「関連した商品ラインの拡大」等がまずあがってくる。さらに「頒布 会」の実施、「定期購入制度」の実施、なども該当する。基本は顧客満足の確保によ る店舗ロイヤルティの向上だが、それをより強固にする「プログラム」も多々考えら れるということなのだ。
日本では中小企業の店の方がこうした取組が早かったりする。例えばコーヒー豆は 単価は100グラムせいぜい数百円程度。常識的に考えればネット商品適性は少ないと 思われがちだ。だが頒布会、定期発送サービスを導入することで、リピーター確保に 成功している事例等もある。
5)実店舗をはるかにしのぐ顧客サービスの提供
ネットが実店舗に比べても高い顧客満足を勝ちえることができるチャネルであると いうことは以前にも取り上げた。この「顧客サービス」の定義は曖昧なのだが、例え ば次のような要素に分解できそうだ。
・ユニークな商品やサービスの提供
・ショッピングの時間や労力の低減(ショッピングの効率性の推進)
・節約への貢献(あるいは少なくともフェアかつリーズナブルな価格での販売機会の 提供)
・ユニークかつリッチな購買体験の提供
これらの要素はシステム的に可能なこと、人間系努力によるものなど様々だ。例え ばリコメンドエンジンによるパーソナルな提案もサービスの1つ。アスクルが実施し ているように「いつもの購入商品リスト」をウェブ上に作成してしまうのも「ショッ ピング時間・労力」の短縮につながる。結果的にこれが顧客満足につながり、競合に とってみれば「同程度以上のサービス機能の提供」と「スイッチングコスト」(例え ばライバル企業で作成した「いつもの購入商品リスト」をもってウチの店に来てくれ れば100ドル差し上げますといった具合だ)がかかるということになる。
ネットショッピングを行うも毛嫌いするもその最大の理由は「顧客サービスの充実 度」になってきた。ネットビジネスが単なる割安商品ゲットや利便性のある調達の場 であった時代は終り、「充実したサービスによる差別化」が最大のポイントになり、 これがリテンションの大きな課題となり始めている。
6)ショッピングカート問題の解決
折角バスケットに入れたのに購買を止めることをCart Abandonmentという。これも 固定化率を下げる大きな要因になっている。この比率は各調査機関により様々なのだ が、低いところで25%、高いところでは何と80%にもなっている。トップクラスのレ ベルの店でも34%という数字が報告されている。要するに折角カートに入れても途中 で中止してしまう比率があまりに高いということだ。この理由は明らかである。
・顧客情報の入力を必要以上に要求される
・決済プロセスが長く冗長。時間もかかる
・サイトデザインが悪く、新たな購入追加、チェンジ等が行いにくい
・サイトの機能不全(リンク切れ、ヘルプメニュー、手引きが参照できない等)
7)eメールによる顧客との「つかず離れず」の関係性の確保
ことリピーターが相手になってくると、事実上の「主戦場」はウェブでなくメール になってくる。メールの活用法等eメールマーケティングノウハウについてはこの連 載でも数度取り上げているのでそちらを参照して欲しい。ネットビジネスは顧客との 距離感の取り方が難しい。踏み込むといやがられるし、かといって放っておけば戻っ てこない。小泉内閣のせいでメルマガはすっかり有名なメディアに格上げされた。事 実メルマガで売上げのほとんどを確保している店もあるが、メルマガのレベルを一定 に保ち続けるのは本当に至難の技である。ネットビジネスの成否はメールノウハウの 巧拙によるところが大きいのだ。
8)リッチな経験の提供
ここにきてネットビジネスのキーワードは「経験」(experience)である。これは 1つは売り手側の「オンライン経験」という言葉に象徴されている。これについては 別途取り上げるが、オンライン経験の蓄積度合がそのままネットビジネスの成否に影 響しているのだ。従って経験が蓄積できる体制、組織の企業は成功し、企業内での経 験が持続しない組織では失敗するという結果が顕著だ。
同様に消費者側のキーワードはrich experienceである。ネット上でいかに充実し た体験を味わうか、逆に店側にとってみればリッチな経験をいかに提供するかという ことである。今のところこの手法は「利用しやすい店」「卓越した顧客サービス」と いうことなのだが、加えて「ウエブ上でも明らかに感じることができるもてなしの 心」という説が台頭してきた。ページデザインにおけるホスピタリティの提供とは何 かという新たな議論も起きている。
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