サイバービジネス関連寄稿

インターネットを本当に活用できるマーケッターとは

宣伝会議別冊:97.5(B2−02)


●マーケティング、マーケッター不在

 インターネットの急速な普及と相まって、今日本ではEC(エレクトロニックコマースの議論で持ちきりである。ウェブのようなサイバースペースをフィールドとして「ビジネス」を展開しようとする動きだ。通産省や郵政省の後押しもあり、通産関連では300億円もの税金を使って、19の実験プロジェクトがスタートし始めた。

 ここまでは華々しい動きである。だがこの中身は相当におそまつでる。EC実験の大きな目的は「決済の安全性の確立」だ。多くのプロジェクトはバーチャルモールを構築し、そこで決済実験を主眼としている。だが肝心の店づくりやマーチャンダイジングはほとんど無視されており、充実しているのはいわばレジとカートばかりである。これらの実験モールを消費者(主婦)に見せると、実に厳しい言葉が返ってくる。「これってまるで最貧国のスーパーみたい!」要するに、レジばかり目立ち、品揃えが寂しいスーパーをイメージしてしまうのだ。

 日本的特異現象はまだまだある。日本でバーチャルモールと称しているものは、世界的にはほとんど存在しない形だ。日本では原っぱのような空間に企業名の看板が乱立しているもの、あるいはビルのような建物にこれまた企業名の看板が出ているものをモールと称している。前者は原っぱ型であり、後者は雑居ビル型である。不幸なことに日本ではこの種の形式でモールづくりが始まったこともあり、これをモールと信じて誰も疑わない。さらには企業グループで集合しているコーポレートモールなるものもある。欧米ではこの種の形はほとんどない。欧米のバーチャルモールは現実世界のショッピングセンターづくりの手法とかなり似通っている。トップページにはそのモールの商品構成がきちんと表示される。あるいはパワーテナント(店名を聞けば商品が想記できるテナント)が表示される。単なる会社名では階層構造を前提とするウェブではユーザーに不親切であることをわきまえている。またそれなりのコンセプトを有するスペシャルティモールが増えており、そのコンセプトに合わせ、テナントが誘致されている。日本では企業の無目的な集合をモールと呼び、自己満足にひたっているに過ぎない。

 今のウェブの世界、とりわけ大企業主導の実験の世界はマーケッター不在である。決済や技術主導で、モノを売ること、あるいは買うことのプロの目が全く加わっていない。マーケティングが不在であれば、例え決済システムが整備されていても、モノは売れない。日本では議論が全く逆転し、世界の流れからは取り残されようとしている。
その元凶は、決済屋さん(銀行やカード会社)や技術屋さん(システム関連、家電メーカー等)が前面に出すぎであることでもある。不幸なことに彼らはマーケティング的な訓練を受けていないのだ。


●サイバースペースの原則とは

 日本では盛り上がっているが、日本のウェブとは世界的にみれば継子のようなものが多い。日本的システムの弱点がそのままウェブの場に露呈しているようなケースも散見される。多くの日本企業はサイバースペースの原則をわきまえていない。その原則とは次のようなものである。

1)スモールイズスマート
 これがサイバースペースにおける大原則である。中小企業や個人が大企業に互して輝くことの出来る場だ。逆にビッグであることはリアルワールドに比べそれほどの価値を持たない。まして日本の大企業ではウェブマスターはほとんど権限を持っていない。社内調整やはんこもらいに終始する大企業のウェブマスターに比べ、中小企業のウェブは実にいきいきしている。何故なら店のオヤジサンがウェブマスターを兼ねているからだ。彼らの持つ情熱や思い入れがそのままウェブページで表現される。その思いはパソコンという無機質な画面を通じても、受け手に伝わってくるのだ。

2)スペシャルイズスマート
 ウェブのような場は本来的に「スペシャル」であることが強みとなる。百貨店型のビジネスより専門店型のビジネスに適性がある。日本では「総合家電メーカー」であるとか「総合金融機関」といった名称がことの他このまれ、「総合」になることが企業の立身出世のシナリオでもある。これはリアルワールドではそれなりに価値を持つが、バーチャル空間ではあまり意味を持たない。事実ECのリーダーシップを取っているはずの「総合家電メーカー」のホームページは一部企業を除き精彩のないものが多い。乾電池から原子力までを手がけるような巨大企業が1つのトップページからどう情報を枝分かれさせるのか、これはもう焦点を絞らない限り不可能に近い。精彩のない背景は情報の点呼盛りであり、大胆な特化が出来ていないことでもあるのだ。日本企業はスペシャルであることがいかにサイバースペースで有利であるかをほとんど理解していない。

3)一人称のメディアである
 ウェブとは本来的には一人称のメディアであろう。「自分はこう思う」「自分はこう主張する」と主義主張が明確なサイトは支持を受ける。単なるデータベース提供に絞る場合を除き、ほとんどの企業はユーザーへの何らかのメッセージの発信を狙っているはずだ。ここでの人格の無さ、個性の無さが天文学的に増加してきたウェブページの中で、本来の目的を見失わせてしまっている。

4)増やすより絞ることが戦略である
 既に日本語のウェブページは200万ページに達しようしている。これは1日50ページ読むとしても、全部読み終わるには100年以上かかる計算である。既にウェブはネットサーフィンなどというのんきな使い方を前提にはしていられない状況なのだ。欧米ではユーザーはサーファーからシーカー(目的志向のネットワーカー)に変身し始め、時間節約型のユーザーが急増してきた。となればウェブでの情報発信戦略とは「いかに絞るか」に尽きることになる。この点日本企業のウェブは情報の点呼盛りだ。無用な挨拶やただきれいなだけの無意味なグラフィックの多用が目立つ。

5)情報の本質はテキスト情報である
 マルチメディア的情報発信が特徴のウェブでおもしろいことが起きている。欧米では既に成功例と称されるいくつかのウェブリテイラーが台頭してきた。彼らに共通する条件の1つが「非マルチメディア的」であることなのだ。視聴の出来るCD屋より検索の充実した店の方が売り上げははるかに多い。3Dのウォークスルーのショップなどはどんどん姿を消し始め、動画もほとんど使っていない。これらの繁盛店の特徴は商品をきちんとテキスト情報として説明していることなのだ。ある意味でこれは皮肉な結果でもある。人間にとって情報の本質は「文字」であるという説がある。これがサイバースペースでも裏付けられていることになる。

6)パーソナルタッチを実現する場
 一見利便性を訴求する場のように見えるウェブであるが、その本質は実は「パーソナルタッチを実現する場」なのだ。そこで人が求めるものは、購買情報から決済指示までが一貫してオンラインで完結することだけではない。
「○○様、これはいかがですか?」といったバイネーム(個人名)によるアプローチを実現する場でもある。これがいわゆるウェブの利点であり、そのインターラクティブ性を活かしたone to oneの実現でもある。事実あのサービスで有名な高級専門店ノードストロームは「パーソナルタッチアメリカ」という電子ご用聞きを展開している。一方日本の百貨店はスーパーのような利便性志向の実験を繰り返しているのだ。


●マーケッターに求められるもの

 日本のインターネットはマーケッター不在であり、かつインターネットの本質への無理解が目立つ。「マーケットファースト」であることがサイバービジネス成長のための大前提であることを理解していない。しかもマーケッターの数も圧倒的に不足している。サイバービジネスが成功するためには、まずはマーケッターの要請が急務である。その条件を上げてみよう。

1)通訳としての素養
 今日本のインターネット界で最も必要とされているのが「通訳」である。とにかく決済や技術主導で物事が進むと思っている人たちに、マーケットファーストであることを理解させねばならない。また一方で、素晴らしい技術を開発しながらも、マーケットに無知であり、その活用方法が描けない企業も無数に存在する。この回路つなぎを行う人材が圧倒的に不足しているのだ。

2)心理学の素養
 ウェブ上のマーケティングとはほとんど心理学と同義語である。例えばウェブでの商売の秘訣とは「階層構造を追うという退屈な行為をいかに軽減させるか」にある。ウェブのようなメディアは階層構造が前提だ。情報は幾重にも重なり合い、自ら探索し、追わない限り目的情報には到達しない。これが階層構造で、これは人間にとって決してクリエイティブな行為ではない。繁盛店の多くはここを工夫し、近道を提供したり、最短ステップで目的に到達できる工夫を凝らしている。彼らは商売人であるが故に、サイバースペースでの顧客心理にまず着目し、その心理にかなった店づくりを行っているのだ。ウェブでは心理学のマスターが不可欠でもある。

3)1人称で考える訓練
 日本のビジネスマンは1人称でモノを考える訓練をほとんどしていない。1人称でモノを言うと「それはお前1人の意見ではないか!」と排斥され、相手にしてもらえない。さらに1人称で語ることが説得力を持つようなアピアランス(外見)、プレゼンテーションの訓練をほとんどしていない。これはサイバースペースでは最も不利な条件である。ウェブとは結局は自分が何物でいかに考えるかを述べる場でもある。この訓練があるかないかで、プレゼンテーションの効果は全く異なってくる。

4)センスの養成
 センスとは何か。物事をセンスの要素に置き換えてしまうと、話は身も蓋もないのだが、ウェブではセンスが全てである。センスとは、ウェブにおける情報発信技術とでも言い替えることができるだろう。情報を取捨選択する技術、効果的なプレゼンテーションの技術、ウェブならではのクールなタッチを付加する技術。こうしたものがセンスの構成要素でもある。それは生まれながらの資質でも、経験的に体得するものでもなく、7割方は情報技術に置き換えられる。

 日米のホームページを比較するとき、人はまず「センスが違う!」という感想を述べる。そのセンスとは実は情報技術の差でもある。例えばグラフィックのインフォメーション性(日本企業はトップの写真等を載せたがるが、これは運転手さんの顔に置き換わっても実は誰も気づかないことが多く、インフォメーションデザインとはいいがたい)、アイコンボタンのインターラクティブ性などがその要素だ。

5)リアルとバーチャルに関する考察
 日本企業のサイバービジネス議論が浅薄な理由がもう1つある。それはイチゼロの議論を好むことだ。例えばコマースは全てエレクトロニックになるような議論を平気で行うし、人間はすべからくバーチャルの方向に進化するような単純な進化論を述べたりする。人間はそれほど単純なものではない。例えば橋本首相は何故強行軍で、フジモリ大統領に会いにカナダまでわざわざ出かけたのか?首脳はなぜ集まってサミットで昼御飯を食べるのか?今の技術を以てすればバーチャル会議などはいとも簡単に行えるのに。

 答えは簡単である。交渉ごとは情報量の多い方が勝ちである。リアルの場では顔色、しぐさ、息づかいなども情報としてインプットされる。バーチャルでは圧倒的に情報量が少ないのだ。同様に、リアルショッピングは情報がマルチにインプットされている。あそこに置いてあるリンゴの情報は無意識の内にインプットされる。さらには街の空気、にぎわい、人々の服装といったものさえ、情報処理されているのだ。人間こそが究極のマルチメディア処理機械であることを忘れている。
 例え21世紀であろうと、30世紀であろうと、人はリンゴ1個買うのにリアルとバーチャルを使い分けると考えられるか、そうでないか、これがマーケッターに求められている。

6)総合力が求められる
 日本でマーケティングに関わる人たちは多種多様だ。マーケティング学者もいれば、企業のマーケッターもいる。製作に関わるクリエイターグループも存在する。不幸なことにこれらは決して相互に認め合っているわけではない。企業マーケッターは学者は実務にうといと思っているし(事実ではあるが)、企業内マーケッターは企業の伝統や過去のシステムにしばられ、実はそれほど自由な発想をしているわけではない。クリエイターの人たちはマーケティングの体系に関心があるわけでもない。

 さらにキーワードを振り回す広告代理店のマーケッターの人たちも、自分たちのライフスタイルが情報性を持つうちは、重宝がられるが、オジサンマーケッター、オバサンマーケッターになるにつれ、輝きを失う。要は日本ではマーケッターと称するにはいずれも帯に短し、たすきに長しの状況なのだ。ウェブのようなサイバースペースで求められるのは実は総合力である。マーケティングの体系も理解し、それなりにクリエイティブで、デザインの力も理解できるような総合性が求められる。

 前掲のようにサイバースペースではスペシャルイズスマートが大原則なのだが、ことマーケッターに限っては、総合力のある人が勝ちである。残念なことに、日本ではこうした総合性のあるマーケッターを養成する仕組みはほとんどない。ウェブマーケッターを目指す人は自助努力で資質を伸ばすしかないのだ。だがその努力はなかなかやりがいがあるものだ。とにかく圧倒的な人材不足の中で、今能力を磨けば、輝くことが出来る場がウェブでもある。


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