サイバービジネス関連寄稿

ネットにおける新「士農工商」を考える

B-159)〔JagatInfo 00.10)



最近はIT,ITと騒いでいるが、某首相などは「イット」と言っていたらしい。その位定義があいまいだ。突然ITが流行語になってきた。もっとも先般の沖縄サミットはITサミットで、精神論であるが、一応「IT憲章」を制定した。この間の経済白書は通称「IT白書」である。どうも官主導「IT革命」の構図が明らかになってきた。



 アメリカのITの定義はかなり明確で、デジタルエコノミー、あるいはニューエコノミーとは、電子商取引とそれをサポートするIT産業と、規定される。管轄するのは商務省。統計もレポートもふんだんに出ている。この点、日本は情報関係は通産省、通信は郵政省だから、縦割り行政の弊害で、デジタルエコノミーが明確にならないのだ。かくしてITと、は、コンピュータか何かを使うモノやサービスである、程度の認識である。

 このITであるが、日本は世界に冠たる後進国だ。日本とアメリカの人口比,GDP比は大体2倍程度だ。1人当たりGDPに直せば日本100対アメリカ95といったところだろう。ことITを情報通信ハードの投資という側面からみると、日米の違いは、人口比程度の違いでしかない。だがことインターネットになると、その差は数十倍に開いてしまう。
 おまけに、アジアでは偉いだろう、と思うとこれまた異なる。台湾、香港、シンガボールに差をつけられ、韓国に抜かれようとしている。おまけに中国の追い上げも激しいのだ。先の沖縄サミットでは、「デジタルディバイド」(情報格差による経済格差)を取り上げ、日本は世界のIT後進国のために、まず金を出すことを決めたが、追い払うべきは自分の
頭の上のハエなのだ。

 この後進国たる理由の1つが、どうも人材面にあるのではないか、というのがヒソカに思う仮説である。ここでは能力そのものの問題と、ネット界のヒエラルキーの問題との2つがあると思うわけである。前者に関しては、IT向きの資質というものには、どうも人種適性があるらしい。一番向いているのは、インド人と中国人だ、というウワサで、その証拠に、最近インドからどんどん人材を日本企業が招いている。インド専門の人材斡旋サービスも登場している。だが招く側の企業の心配事はただ1つ。「一緒に働いてもらえるのだろうか?」ということなのだ。これは言葉や環境の問題ではなく、レベルがあまりに違うということを意味している。その位、インド人のレベルが日本人に比べ高いのだという。

 理由の2つ目が、日本でのネットにおける人材ヒエラルキーの問題だ。江戸時代は日本の国力が極めて充実した時代だが、その構造は「士農工商」であった。これが良いか、悪いかは別にして、それぞれの役割分担と評価が明確であったことが寄与しているだろう。
 そこでヒマにまかせて、ネット時代の新「士農工商」を考えてみた。

1)クリティーク
 クリティークとは評論家、批評家のことである。ネットで一番偉いのはこの人たちである、と思うわけだ。ワタシの目指すとことがコレである、という理由もあり、日ごろ天動説を信じているので自分が一番エライと思いたい、という背景もないわけではない。だがまじめに考えてみよう。すでに世界のウェブページは21億枚だ。この内日本語ページだけでも6千万枚強。これはこの間も書いたかもしれないが、1日10ページ読むヒマな人がいたとしても、日本語だけでも全部読むには1万6千年以上かかる計算である。人間の選択能力を越える情報が流布している時、人は何を手がかりにするのか、ということだ。言うまでもなく1つははやりのIT技術。コンピュータに選んでもらうという方法。もう1つは人間のメキキに推薦してもらうという方法だ。
 日本が後進国たる理由とは、この重要な選択を、客観的にはまだ「オバカ」なITに依存する傾向が強いということ。かつ目利きが育っていない、あるいは目利きの意見を重視しないということであると思う。ネットは一見大衆民主主義の世界であるが、ことECに関しては「皆さまの選んだベストショップ」などに見るべきものはあまりない。目利き、評論家、批評家のプレゼンス向上が不可欠なのだ。
 なお、こうした傾向を背景に最近は目利きによる検索エンジンなどが注目を浴びている。だがよくよく眺めると、まず「目利き予備軍」をトレーニングし、月5万円を支給するなどと書いてあった。トレニーニングが必要な人や金の欲しい人は「メキキ」とは呼ばないと思うんだけどネ。メキキゴッコの始まりですネ。

2)ビジョナリスト
 ネットで2番目にエライのはこの階層ではないか、と思う。ビジョナリストとは文字通り、ビジョンや夢を述べる人である。アメリカの超大金持ちになったネットベンチャーの創業者の多くは、このタイプの人が多い。あのe-bayの創業者やアマゾンのベゾスさんも、結構ビジョナリストである。だが日本のベンチャーでビジョナリストはあまり見かけない。ネットビジネスの成功の秘訣は「何をするか」ではなく、「誰が何をしたいか」であることは明白になってきた。「何をしたいか」は文字通り、ビジョンや夢のことだ。ビジョンや夢というと、「何をバカなこと言ってんの!」と叱られるが、夢なきベンチャーはありえないはずなのだが。

3)プロフェッショナル
 これがワタクシの定義するところの第3階層である。e-bayでいえば、創業者はビジョナリストに徹し、経営はプロのオネエサン会長がしきっている。経営のプロだ。ビジョナリストとプロフェッショナルの両立。これこそがネットベンチャーの成功法則だろう。これを1人2役で行うもよし。役割を分けるもよし。だがこと日本のベンチャー企業を覗くと、ビジョナリストはもとより、プロフェッショナルも希薄なのだ。どちらも存在しなければ、ベンチャーがネットで成功するわけはない。おまけにキャピタル側にも目利きがいないので、ここの資質が見極められないのだ。日本では若いベンチャー小僧風よりも、結構オジサンベンチャーが頑張っていたりする。その理由は、彼らが業界の弱みや強みを熟知して参入しており、金を出すにも安心感を与えるという理由もある。だがそれなりにビジョナリストでもあり、プロフェッショナルである、という要因もありそうなのだ。

4)フォロワー
 一番偉くないのが、この人たちだ。何でも真似をする。コンビニECがよさそうだ、と聞くと、駅や、ガソリンスタンド、系列店で真似をしてみよう、と考える大企業の人たち。アメリカ発のビジネスモデルや有望サイトを日本にそのまま持ってくることに懸命な人たち。これはこれでネット経済のインフラとはなるが、革新的な起爆剤にはならない。共通点はセンスに欠けること。ビジネスを、金の流れのみから考えたがる傾向がある。自らも消費者であるにもかかわらず、売り手と買い手をつなぐ回路がブツブツに分断されている傾向がある。このフォロワーの絶対的シェアが高いというのが、日本のIT市場の最大の特徴であろう。通常ではこれは強みにも成るが、ネットではやはり難しそうだ。

 さてこの4階層であるが、熱心に働く順番からいくと、下の階層から見事に比例している。クリティックの人たちは、働かず、口だけである。一方、超大金持ちになれる確率は、ビジョナリスト、プロフェッショナル、フォロワーの順であろう。クリティックの人たちは、錬金術とは無縁の世界。内心ジクジたるものはあるが「1億の資産を持つことと100億の資産とでは、生活の質に何か違いがあるのか」とヘリクツを唱えるのだ。
 この新「士農工商」が何かの役に立つか、というと、
全く役に立たないことは明らかだ。だがたまには、誰かがこういうくだらないことを考えても良いのでは、と思う今日この頃である。



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