金融サービスのマーケティング

One to Oneとは何か

保険毎日新聞:97.10(C2−07)


 マーケティング業界で最近はやっている言葉がワン・ツー・ワンである。インターネットのようなサイバースペースではこれがかなり低コストで展開できる。ネットワーク時代の新しいマーケティング手法だということで注目が高まっているのだ。
 今回はこのワン・ツー・ワンを取り上げてみよう。



●ワン・ツー・ワンの定義

 マーケティングの基本はこの連載でも折りに触れて取り上げているが、マスマーケティング、ターゲットマーケティングという言葉を覚えておられるだろうか。要するに顧客層を区分してそれに応じたマーケティング資源を投入することがターゲットマーケティングで、マスマーケティングとは、その区分を行わず、顧客をマスとしてとらえる始点である。これは何もどちらが偉いというものではない。何も無理にターゲットマーケティングを行わなくても、マスマーケティングで十分市場開拓が可能であるなら、それに越したことはないのだ。
 だが残念なことに顧客の方が細分化してしまったのだ。単なるマスマーケティングの手法では、それに満足する顧客層を見つけることの方が難しくなってきた。ここで自ずとターゲットマーケティングの手法が必要となる。
 ターゲットマーケティングとは大ざっぱに言えば、「20代位の働いている女性」あるいは「シルバー層」といった顧客区分を行い、それぞれに応じたアプローチを行うことである。
これに対しワン・ツー・ワンとは全く個人へのアプローチなのだ。自ずとマーケティングとしての難易度も高く、またその必要性も厳しく問われる。保険業界でいえば、「三石さんという顧客が保険に対しどのようなニーズを持ち、どのような商品を望んでいるか」に対応する手法である。それなりにコストもかかることに留意しなければならない。


●保険業界にワン・ツー・ワンは必要か

 昨今このワン・ツー・ワンが大はやりである。必ずしも向かない業界までがワン・ツー・ワンと大騒ぎをしている。まずこの必要性から整理してみよう。単なるターゲットマーケティングではなくワン・ツー・ワンが必要かつ有効な業界とは次のようなものである。

1)商品戦略、価格戦略、チャネル戦略等の既存のマーケティング手段では、もはや差別化が難しくなっており、顧客政策での差別化が必要となっている(保険業界にもあてはまる)

2)顧客獲得コストの上で、新規客開拓より、固定客への再アプローチ、あるいはその波及効果需要開発が効率的である(保険業界ではこのあたりは曖昧であろう)

3)誰が良い客であるかの顧客区分体系を明確に持っている(上客は誰かの定義を持っている)(保険業界ではせいぜい無事故率と契約点数位であろう)

4)顧客側がその企業に対し、かなり総合的な信頼(トータルリライアンス)を持っている(保険業界ではこれが最大のネックである)

5)ライフタイムシェア、ライフタイムバリューといった概念が企業内で使われている:例えばその人の生涯にわたる保険需要をまるごと獲得してしまうといった発想がライフタイムシェアである(これを生涯需要の最大化という)(保険業界では業界シェアの獲得に忙しく、顧客のライフタイムシェアという発想にまで至っていないのが実態だ)

 要するにワン・ツー・ワンとは、最早従来の4Pでは差別化が難しく、顧客政策での差別化を行おうとする戦略なのである。顧客政策とは自社にとって重要な顧客の区分体系を持ち、それぞれの顧客との緊密なリレーションを構築し、その生涯需要を最大化し、それを自社で全て獲得してしまおうという発想なのだ。これを行うにはその客のことは最大限知っておかねばならない。靴屋であれば三石さんという人の靴のサイズはもちろん、扁平足であるかどうか、靴はバッグに合わせて買うのか、洋服に合わせるのかなどということも知っておかねばならないのだ。この顧客データをもとにアプローチを行う手法がワン・ツー・ワンである。

 百貨店などはこのワン・ツー・ワンを熱心に研究しているが、実効は上がっていない。何故ならワン・ツー・ワンを行うにはトータルリライアンスが重要な要素となる。その分野の需要全てにおいてその百貨店に全てまかせてもよいかどうかという信頼が顧客側にあることが前提なのだ。この点で靴から洋服、家具から食料品といった全ての消費分野で最早百貨店にトータルリライアンスを抱くのは不可能に近い。結局百貨店に対しては冠婚葬祭の一部のギフト需要程度しか、トータルリライアンスは持っていないわけなのだ。

 ワン・ツー・ワンが奏功している業界とは極めて専門的なジャンルで深い品揃えとレベルの高いサービスや情報提案力を持っているような専門店が多い。本屋、レコード屋、ワイン屋などが、「あなたの唯一の本屋になりたい」といったことを訴求し、それに対する信頼をかち得ているところが多い(こうした事例はインターネット通販業者に多い)
さて保険であるが、商品的には極めて適合性が高い。生保と損保の融合もこれを助長する動きだ。しかし企業に対するトータルリライアンスの低さ、情報提案力の低さ、サービスレベルの低さ、顧客政策の不備等、実施に向けては課題が多い。とはいえ研究してみる価値のあるジャンルではある。


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