デジタルコラム

私論:人様にはお勧めできない情報整理術


■一頃、「知的生産の技術」であるとか「情報整理術」といったテーマが流行っていた。これをマスターすれば「できるビジネスマン!」ということである。もっとも水を差すようだが、「出来不出来」は本人の資質によるのであって、「技術」「術」をマスターすればよいというものではなかった。だがこのテーマは永遠なのだ、最近は「ネット活用」というテーマが付加されて、文字通りの情報洪水の中で、どうサバイバルするかが大問題なのだ。人様に情報整理を説くほどのノウハウはないが、この種のことは割り切ってしまえばかなり楽である。



1)情報メディアは増加し続けると達観する

 グーテンベルクの大発明以来、メディアと称するものが次々に登場した。よくよく考えると、次々に増えてはいるが、消滅したものはない。電話が出来た当時、これで手紙はすたれるなどと言われたらしいが、真っ赤な嘘。ラジオとテレビも共存している。インターネットが増えた分、テレビの視聴時間はやや減少傾向らしいが、それでも私たちは各種メディアを使い分けている。結局のところ、インターネットも選択肢の増加の1つ。使いたければ使う、いやならば使わない、といった程度の位置づけなのだ。これを「IT革命」などと麗々しくとらえるから、話が混乱するのだ。

2)溜めるより捨てる

 世の人は「情報整理」という概念が好きだが、筆者は嫌いだ。情報は必要な時に集中的に集めればよい。毎日新聞切り抜きを行う、仕事に役立つウエブを定期チェックする、などということにはあまり関心がない。その都度ドタバタ調べるのがライフスタイルに合っている。調べたものも、用が済めば捨ててしまう。必要になればまた集めればよい。「溜める」という行為はかなり自己満足で、「ここにストックした」という満足感で終わりがちだ。「捨てる」という行為は、かなりがけっぶちで、その分重要なキーワードの1つ位は必ず記憶に残る。ストックがあるという安心感と、キーワードに変換された記憶とのどちらを取るかということだろう。まあこれは個人の好みの問題である。

3)偽ブロッガーを見極める

 最近はブロッグ現象とかで、ほぼ毎日更新される、オンライン日記のようなものが流行だ。特定のテーマ、ニュースについてリンク先とそれについての自分のコメントを載せているものだ。そのほとんどは情報の目利きである個人が運営。質の高いブロッグを2〜3フォローすれば、そのテーマの動向が分かることもある。だがよくよく見ると結構あやしいものも混ざっている。全然自分の見解がない。単なる人様の情報の紹介とコメントのみ。オリジナリティがない。ブロッガーも本物と偽物に分化されるということなのだ。だがネットでは本物の「情報の達人」に出会えることがある。これが究極の醍醐味でもある。

4)図解より箇条書き

 これはかなり叱られそうだ。ベストセラーとなった「図解の技術」などにはあまり関心がない。図解も「電話をかける」「挨拶をする」といった最低限のビジネスマナーの1つ程度と思っておけばよいのではないか。大体何でもかんでも図解が可能というわけでもないだろう。
 というわけで「箇条書き」が好きである。まあこれも図解の1手法だろう。何でもかんでも箇条書きに直す癖がついていると結構便利だ。「このポイントは5つです」などと説明すると頭も良さそうに見える。

 もっとも「生の声」、「ローデータ」も貴重だ。コンサルレポートを出すとき、妙に整理するより「生の声集」をそのまま提出したほうが説得力があることがある。行間が伝わるし、意見が文字通り声のように聞こえてくることもある。妙なエグゼキュティブサマリーを付けるより、経営者にはこちらの方がこたえることがある。

5)ビジュアルの限界をわきまえる 

 ネットは一見ビジュアルな情報提供に向いた世界のように見えるが、実際には画像、写真の類いを使うことで伝えるべき情報量が格段に減少してしまうことがある。これも叱られそうだが、「情報の本質は言葉、文字である」と割り切ると、妙にすっきりする。
 アダルトものを別にすると、ネットの黎明期から「字ばっかり」のサイトには根強い人気があって、それなりの存在感を示していた。この傾向は未来永劫続くだろう。言葉、文字に替わる表現力を持つというのは、至難の技であるからだ。

6)紙媒体の優位性を認める

 朝、ネット新聞を一通り読んでいるが、それでも駅売りの新聞も買っている。サイトで見つけた情報は、プリントアウトしてみる。これが一般的な姿だろう。情報を伝える媒体としては紙にまさるものはないからだ。これは学者の先生も研究していて、同じ情報をネット上で読むより、プリントアウトして読んだ方が理解度が高まるとのことだ。結局ネットの普及は紙の消費量を増しているというのもうなずける。もっともプリントアウトした重要情報をどう整理するか、という問題もつきまとう。これは簡単だ。メモ用紙にすればよいということである。

7)一面を疑う

 新聞社の人には怒られそうだが、どうも新聞の一面記事が信じられない。特に経済紙の場合だ。何だか世の中を変えるような大発明のような記事が登場するが、専門家が見ると首をかしげるような事例もあった。eコマース関係は特にそうだ。すごいことが始まるような記事だが、その8割は後で振り返るとぽしゃっている。それを後追いでキチンとフォローしないのも気になる。結局のところブロガーではないが、ネットでは「情報の目利き」の存在が大きいが、その役割を新聞に托す時代ではなくなったということなのではないか。

8)情報はデザインする

 情報は「似た要素」の塊として整理するということだ。これはウエブを見ると一目瞭然。情報デザインが下手なサイト、上手いサイトは一目で見分けられる。企業でいえば、これは各項目の重要性評価が済まされているということだから、その企業の姿勢、体質を見極める重要な指標となる。個人の場合は、まあ「頭の中の整理の具合」が披歴されてしまう、ということなのだろう。

9)見解とは何なのか

 結局のところネット時代の「情報整理術」「知的生産の技術」とは、What is your point of view?ということなのだと思う。お前の意見とは何なのか、ということである。あらゆる出来事を絶えず一人称の視点で考え直してみる、ということだ。ネットの情報洪水を神経症にならずに乗り切るにはこの訓練しかないということになる。

 親切にも「リンク集」なるものを付けているサイトを見かけるが、これまたpoint of viewがあるものとないものが一目瞭然だ。単なる羅列であるなら、googleにお願いすればよい。ネットで個人がキラリと光るmy opinionを発信すれば、それはマスメディアに登場するよりはるかに強い力を持つこともある。これまたネットの醍醐味である。

 まあ結局は「知的生産」「情報技術」の呪縛からいつの時代も逃れられないということでもあるが。
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